漫才コンビ「錦鯉」といえば、その個性的な見た目と軽妙なトークで大人気。特に長谷川雅紀さんは、年齢を感じさせない全力の芸風とチャーミングなキャラクターで多くの人を惹きつけています。そんな長谷川さんですが、若い頃の写真を見ると「これが本当にあの長谷川!?」と驚くほどイケメンだったことをご存じでしょうか?
さらに、その頃は髪の毛もフサフサで、現在の姿とのギャップに驚愕すること間違いなし!この記事では、長谷川さんの若い頃の写真と現在の姿を比較しながら、彼の魅力をたっぷりお届けします。ぜひ最後までお楽しみください!
現在の錦鯉・長谷川雅紀
錦鯉・長谷川さんの生年月日は1971年〈昭和46年〉7月30日
2025年1月現在で53歳になります。
1. 北海道での青春時代
長谷川雅紀さんは1971年7月30日、北海道札幌市で生まれました。
生家は札幌市中央区の二条市場にあった鮮魚類の珍味店。幼少期に「マッチ」というあだ名で呼ばれ、近藤真彦さんよりも早くその名前を使っていたと自負しています。
漫画が好きで、漫画家を志望していたものの、小学2年生時に考案したサインは現在も使い続けています。また、テレビゲームが得意で、特に『ゼビウス』ではカウンターストップの1000万点を達成するほどの腕前を誇ります。
2. 札幌吉本時代
長谷川雅紀さんは、高校卒業後、北海道造形デザイン専門学校に進学するも半年で中退し、フリーター生活を送ります。その後、ホストクラブで働く傍ら、カプセルホテルの同僚が劇団員だった縁で「劇団しゃどうず」に入団し、舞台に立つように。
演技の中で笑わせることの面白さに気づき、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)に衝撃を受けたことから、1994年に札幌吉本に所属し、芸人としての道を歩み始めました。
タカアンドトシとは吉本興業札幌支社の同期で親交が深く、特にトシには数十万円単位の借金をしていたとのこと
コンビ『まさまさきのり』を組んだ後、『マッサジル』に改名し活動。
解散後は2001年から2002年にかけて、北海道テレビ『夕方Don!Don!』の金曜特大号でリポーターを務め、「ハセガワフライデー」などのコーナーを担当しました。
3. 上京と錦鯉結成
長谷川雅紀さんは、上京後、現在の事務所に所属し、マッサジル解散後はピン芸人「のりのりまさのり」として活動。その後、渡辺隆さんとコンビを結成し、錦鯉が誕生しました。2011年には、牛丼チェーン店で週5回深夜勤務を続けており、アルバイト歴は16歳から30年以上に及びます。M-1グランプリ優勝前は、家賃5万円のアパートで9年間暮らしていました。
元々、長谷川さんと渡辺さんは異なるコンビで活動しており、後にそれぞれピン芸人として活動していましたが、2012年にSMA NEET Projectで再会し、コンビを結成。
渡辺さんの誘いで結成された錦鯉は、コンビ名決定時に偶然テレビで「錦鯉の爆買い」ニュースを見た渡辺さんが、「錦鯉でお願いします」と決定しました。博多大吉さんなどから高く評価され、コンビは着実に注目を集めるようになりました。
4. ブレイク
錦鯉は、M-1グランプリ2020の決勝に進出し、その年に一躍注目を浴びました。特に長谷川雅紀さんのキャラクターと全力で笑いを取る姿勢が話題となり、視聴者の心をつかみました。
決勝進出は彼らにとって大きな転機となり、2021年のM-1グランプリで見事優勝を果たしました。
この優勝により、錦鯉は瞬く間にブレイクし、メディア出演や仕事が増えました。
錦鯉のブレイクは、長谷川さんと渡辺隆さんの個性とコンビの息の合ったパフォーマンスが鍵となり、特に「歳を重ねてもなお全力で笑いを追求する姿勢」に多くの共感を呼びました。また、M-1グランプリ後には、テレビやラジオで頻繁に取り上げられ、芸人としての地位を確立。彼らのユニークな魅力が広まり、ブレイクのきっかけとなったのです。
5. 現在の活躍とプライベート
2024年、長谷川さんは8年間交際していた一般女性と結婚を発表。遠距離恋愛の末、幸せな家庭を築くこととなり、プライベートも充実しています。お笑い界ではますます注目されており、今後の活躍にも期待が寄せられています。